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自分のためのアウトプット

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好奇心 - Curiosity

「和むコピペを貼るスレ」とか、「55歳美人秘書にマザー2プレゼントした」とか「7歳の従弟が頭目となって謀反を起こすので。」を読んで心の至った先は、好奇心、だった。

子どもを一番強く刺激するのは好奇心だと思った。
普段DSに熱中している男児が、魔王ごっこという新たな遊びにでくわして、その時気持ちの何割かを占めた喜びを、うまく表現できない様子が頭によぎった。
好奇心の持ち主は子どもに限らない。
ドラゴンボールを貰えて喜ぶ外国人や、MOTHER 2に熱中する55歳秘書がいる。
好奇心は人間の三大欲求の次に並べてやってもいいぐらいに、人類に普遍的な欲求なのだと思える。

好奇心は周りの人も幸せにすることが多い。
和むコピペスレで外国人シリーズがあんなに珍重されるのは、その好奇心の析出が、あまりに鮮やかだからではないだろうか。
もちろん、好奇心が常に人々を幸せにしてきたわけではない。
——プライバシーの問題をはじめとする、色々な方面で、好奇心という大きな欲求が人類自身の首を絞めてきた例がある。


僕が小学校四年ぐらいのときの話をする。
友達の家にNINTENDO 64がやってきた。時オカがやってきた。
時オカは1人プレイだったので、操作するのは友達に譲り、僕はその様子を眺めながら謎解きをアシストする方に徹していた。
それでも面白かったのは、ゲームそのものが提供してくれる面白さもさることながら、それに感嘆の声を上げる友達の顔を見ることができたからではないだろうか。


昨日何気なく手に取った、「探偵ガリレオ」を読んだ感想文を書く。
一度読んだきりなので記憶が怪しいが、ガリレオが草薙に対して「科学者の探究は常に純粋だ」というようなことを言っていた覚えがある。
僕は探究を好奇心と解釈した。
身近な人々を幸せにするだけにとどまらない、大きな好奇心の働きが、ここにあった。


仮想的な情報世界の中で僕たちが提供しているものは何か?、と考えると、それは食欲でも性欲でも睡眠欲でもない。好奇心だ。
ネットの世界をどれだけ歩き回っても、食欲は満たされそうにない。しかし、好奇心なら話は別だ。たかが知覚の情報だけでも、得られるものはたくさんある。

コンテンツの制作の世界では、人が好奇心を満たすことに対して、並々ならぬ情熱をもって立ち向かわなければならないだろう。
人々の時間的リソースは限られているのだから、好奇心を巧みにくすぐっていかなければ、また、好奇心を研究することにこそ、彼らの好奇心の赴く先があるかもしれない。

僕らはこれを消費し尽くせるのか? いや、無理だろう。
僕らはこれで新しい欲求を満たすことができるのか? いや、わからない。


本能的な欲求の幾つかが満たされ始めたとき、もしかすると人は、好奇心という無限の欲求にはまり込んでいくようにできているのかもしれない。
そうしないと、欲を見失ってしまうから。欲を見失うと、生きている価値がわからなくなるから。
不意にそんなファンシーな想像が脳裏を駆け抜けた。